長年病院暮らしのエカピリオが、くだらない話をします。



筋ジストロフィー症、そこそこのお歳です。



※「ピリオ」命名:白黒音夢さん


2009年10月29日木曜日

先輩にきけ

今年はピリオ入院24年という節目であると同時に、ピリオ生誕36周年の年でもあります。今日で私は満36歳となりました。でも自分で言うのもなんですが、36歳なんてまだまだこれからですよ。俳優・高橋克実先輩も36,7歳でやっと花が咲いて、俳優一本で食べられる様になったんですから。

そういえば、今日はちょっといいことがありましたよ。
突然ある後輩に呼び止められまして、まあそれはよくある「☆☆をしてほしい」という主旨のことだったんですが、その人とは共通の友人を通しての仲なので、普通だったら恩を着せるでも恩義を感じるでもなく要求の受け答えだけでお互いに済む感じですよね? でも彼は、その後私に世間話をしてくるのでした。全然普通のことですがそんな若者なんて、そうそうこの社会にいるでしょうか? ましてや彼は無口な人なので驚きでした。きっとかなりのハードルと思いますよ。しかも私はこんなエピソードを知っているので尚更です。
彼には慕っている友達が居て、結構相談をしたりしてました。で、志大きい彼に「もっとしゃべれるようにならないとダメだ」とよく言って聞かせていました。それから数年が経ち、彼はアドバイスを胸に秘めつつ、不器用ながらも何かをはじめたというわけです。大成のための小さな一歩を。

たかが世間話、用件だけだったら気がひけたんだろうと言われたらそれまで。でも当たり前だからこそ踏み込めないことって人生にはたくさんあると思うんですよ。されど世間話、一歩目がないと二歩目はないわけで、何もせずにくすぶっているよりも何倍もの価値があるわけですよ。
今日は素晴らしい場面に遭遇でき、いい誕生プレゼントになりました。

2009年10月27日火曜日

願い

映画「明日の記憶」を見ました。渡辺謙扮するやり手のビジネスマンが、突如若年性アルツハイマー病に冒されてしまうというお話です。厚生労働省が推している映画だそうです。この手のドラマや映画って多いので取り立てて説明することはないのですが、自分の愛する人のことを忘れてしまうのが何と言っても一番辛いですよね。ネタバレかもしれませんが、この映画では長年連れ添った妻の存在を忘れてしまいました。実は当事者本人よりも妻の方が辛いかもしれません。心なしか当事者家族にスポットをあててる様なところもあってか、私の目にはそう見えましたね。
…夫が病気とはわかっていても、そう容易く受け入れられる訳はない。でも進行は待ってくれないから何だかパッとしないうちに時間だけが経過していく。働けない夫のために稼がなくてはならない。身の回りの世話がいる。目が離せない。…負の連鎖の中で前向きにいくことなんて、そうそう出来ないでしょうね。治療法や新薬が一日も早く開発されることを切に願います。記憶という財産、思い出という宝物が消えてしまうなんて悲劇はあってはなりません。…現実主義の人には甘いと言われそうですが、願うことだけは自由ですよね。

2009年10月22日木曜日

愛されるより愛したい

誰でもそうだと思いますが、私は子供の頃からおねだりばかりしていました。先日のクワガタしかり、プラモしかり、ファミコンしかり… そして、思春期になると今度は物欲を満たす以外に自分への扱いについても親に望みはじめます。でも親がいくら努力したところで、年頃の微妙な心理を完全には理解出来ないわけで、すれ違いや衝突が起き始めます。…反抗期ってやつですね。私にもそういう時期がありまして、何かしら家族に対して不満があり、例えば私が帰省中に夫婦喧嘩でもしようものなら、せっかく良い思いで家に帰ってるのに、その間ぐらい辞められないのか、と怒っていました。その時は腹が立っていましたが、今では自分もいくらか年齢を重ねたせいか、家族の全てを受け止められるようになりました。家族のマイナス要素さえ愛おしく思えます。
考えてみたらそれまでは、子供の特権とはいえ親に何でも求めっぱなしでした。月に一度ほど母は列車で病院に面会しに来るのですが、膝の状態もかなり悪いので「来なくてもいい」と来させない時期がありました。でも、息子に会いたい親の心境に立って見たとき、母親の月に一度の楽しみを簡単に奪っていいのだろうかと思い始めました。自分本意ではなく親の気持ちを考えられるようになったのです。これからは、親の想いになるべく応えていきたいと思います。
愛される側から愛する側への移行が、アラフォー・ピリオの一番の成長だと自負しております笑

2009年10月17日土曜日

おまえを☆☆にしてやろうか

NHKは実に視聴者、特にお年寄りに優しいテレビ局です。何回かブログでも街角情報室の話を出したことがありました。しかし、常に内容が更新されているかと思いきや、どうやら2~3ヶ月周期で同じVTRを流していることがわかりました。よく言えばお年寄りや情報を見逃した人達のための再放送。でももしかしたら、お年寄りなんだから放送内容を忘れてるだろう、というさげすんだ考えかもしれません。いずれにせよ、最新情報に常にアンテナを立てて、紹介していくんじゃないとわかってしまったので、少々がっかりしています。
NHKの努力も認めますけどね。なるべく流れを変えていこうという気概が感じられます。かつて連想ゲームという看板番組がNHKにはありまして、ゲストも豪華なんですが、割と堅い人しか出演しないんですよ。例えば大和田漠とか、滝田栄とか加藤剛とか。そんな中、どういう訳かデーモン小暮閣下が出ることになったんですが、物凄く俗っぽいからひっかかったんでしょうね。なんとノーメイクに実名で出演したらしいですよ。キャラなんて一滴も残ってないですよね。…きっと閣下はどうしても出たかったんでしょうね。それが今では日本の伝統である大相撲、その生中継にゲストで呼ばれるばかりか、アナウンサーは閣下の悪魔の設定と6万4?歳の年齢まで把握して、「ところで閣下は…」と普通に話しかけていました。スーパーにもデーモン小暮と出ていましたが、さすがに「閣下」は呼称なので入ってない様です。閣下は芸能人のカテゴリなのに元力士の解説に負けないくらいの知識と情報量を持っていて、加えて饒舌なので力士に自らインタビューしたりもします。その能力をかってるとはいえ、悪魔設定をさらっと受け入れたんですから、まさにNHKの変革ですよね。
…スタジオパークに島田紳助が出たら、究極なんですけどね笑

2009年10月15日木曜日

悲しいけど、これが現実なのよね

私は子供時代、期間は短かったですがガンプラ作りにハマっていた時期がありました。先日のクワガタみたいに「プラモ、プラモ」と騒いでいました。でもファミコンソフトに比べたらずっとリーズナブルですよね。
そんなあるとき、母が「プラモ買いにいくよ」と言ったので、私は胸を躍らせながら同行しました。でも自分の聞き間違いかもしれないので、「ねぇ、プラモ買いに行くんだよね?」と一応確認しました。「そうだよ」というので一安心。その時私は「ゲルググ」というモビルスーツが欲しかったので、どんな具合に作るか思い描いていました。しばらく歩いていて、あれ?、いつもの道じゃないな?と異変に気づき始めた私でしたが、そのまま何も言わずしばらくついていったら、どうやら目的地の様子。さあプラモを選びに行こう!! そう思ったのも束の間、着いた先はあろうことか、果物屋さんではありませんか!

「ねぇ!! プラモじゃなかったの?!」母に問いつめます。そしたら、
「そうだよ、ほら、プラム」

プラム~~~~~~~??!!!

私の念願のものは、プラモではなくプラムだったのです。「だからプラモだよね、って聞いたのに…」母は「あぁ、そうだったのかい、あはははははははは」、いや、あはははは、じゃないから、こっちは。
甘酸っぱいプラムですが、私にはとっても苦い思い出となりました。でも、プラムは好きです。


欲しかったプラモ、ゲルググ

2009年10月11日日曜日

アイス・エイジ

虫嫌いの人には気持ち悪い話かもしれませんが、私は子供の頃、昆虫採集が大好きでした。特にクワガタは抜きんでていて、夏休みなどは寝ても覚めてもクワガタオンリーでした。一体どこで捕まえるのかといえば、私には森林に入っていける様な体力はないので、市街地だと山が近いせいか道路の街灯に昆虫がけっこう寄ってくるので、そこを狙う訳です。クワガタなどの甲虫は飛ぶのが苦手なので、街灯の下で割とひっくり返ってることが多いんです。車を父に徐行運転してもらい、黒い姿を発見したら捕獲する。これを繰り返し、一晩に3,4匹とれたら成果としては良い方でしょうかね。仕事帰りの父を「クワガタ、クワガタ」と何度も説得して、連れて行ってもらったものです。
透明なプラスチックの入れ物で飼うのですが、狭い空間のせいか、仲間同士で殺し合ったりするんですよ。生存争いってやつでしょうか。ある時、中を見たらメスが真っ二つにされてました。まだ生きてたんですけど、よく見たら神経みたいな筋が一本つながってるだけの状態でした。とりあえず入れ物から出してどうしようか迷ってたら、母がその様子を見るなり、いきなり

ブチッ 

と、なんとつながってた神経を分断してしまったではありませんか!! なんてことするの、と言ったら母は「中途半端だから」としか言いませんでした。確かにそこまでいったらどうしようも出来ないですけどね。二つに分かれたクワガタは、上半身は前足の二本を使って、這いずり回り、どこかへ消えてしまいました。そして、下半身と四本の足は命令系統を失い、ただその場にうずくまるしかありませんでした…
その後も生存争いは進むかと思いきや、冬が近づき、強そうなクワガタはどんどん死んでゆき最終的に残ったのは、一番身体の小さなコクワガタでした。それはまるで氷河期を生き延びた小動物のようでした… 透明な小さな入れ物は、まさに大自然の縮図という訳ですね。だとすれば滅びてしまったのは神である私のせいですね。

2009年10月10日土曜日

コスタリカ女性と…

私がネットをやり始めた頃、今で言うところのメッセンジャーやスカイプの様な、オディゴというソフトを使って、一度だけ不特定多数の人とライブチャットしたことがありました。それまでは自分の入力スピードが遅いのと、私とは無縁の世界だと思っていたこともあって避けていましたが友達の勧めでやってみることにしました。
オディゴをインストールし、早速スタート。何もわからなかった私は、確か本名を使ってたような気がします。ログイン後、はじめに入ってきたのは30過ぎの男性でした。どうやらプログラマーの様な人でやたらと上から目線の物言いでした。私は表計算ソフトのマクロ機能(プログラムというか)を使って、インターネットの利用料金を計算するモノを作ったことがあって、作業と仕組みなどはベーシックプログラムとほとんど変わらないので、そういうことを話題にしたのですが、考え過ぎかも知れませんが「そんなもの」とバカにされてる気がして、不快なまま終了しました。
次の人は、16歳の女子高生でした。まともに考えたら援助交際以外の何ものでもないですが、年齢なんていくらでもサバを読めるのでプロフィールなんか、あってないようなモノです。(ミクシィとかは友達から招待されないと登録できないので、ウソは友達の信用に傷が付くからダメですけど)
でも、最初の人に比べたら変に構えてなくて、一番話しやすかったですね。

ピリオ「なんかペット飼ってる?」
女の子「当ててみて」
ピリオ「フェレット?」
女の子「なんでやねん!」

みたいな感じで、ポンポン話が出てきて面白かったです。
で、最後に来たのは外国の人でした。コスタリカ、女性、40歳。
えぇ、外国人? 年齢も微妙。誰かと間違えたのか? 英語しかわかんないみたいだし…
無視しようか悩みましたが、一応英語で、sorry… I'm japanes only みたいなことを打って送ったんですよ。英語間違えてないかなと思いながら待ってたんですけど、そしたら、返ってきた答えが、

ソリソリ

そりそり、って…… 「おまえ、日本語わかるだろ!!」 かなりキレました。当然ソッコー、ログアウトです。人が悩んでやっと答えたのに、だまされてたことに自分が情けなくなりました…。
それ以来、もう知らない赤の他人とはチャットしなくなりました。顔が見えないから、何言われても気にしない人がガンガン好き勝手に書いてきます。割とナイーブな私には耐えられないものですので… けっこうメールとかでも誤解されて違う方向に話がいったりすることもあって、以前もブログで書いたように、軽い人間不信に陥りました。…今は割と平気ですけどね。最後に、40歳が微妙と言って、すいませんでした。アラフォーのエカピリオがする発言ではありませんでした笑。

2009年10月8日木曜日

髪の領域

昨日の世界仰天ニュースで、抜毛症【ばつもうしょう】という病気の女性が取り上げられていました。どうやら、幼いときに父親に厳しくしつけられたことが心理要因としてあるらしく、無性に髪の毛が抜きたくなり、抜くと生きていることを実感できるんだとか。頭はハゲあがっていて、見た目にも変だと自覚できていても衝動を抑えられず、いっそ頭を丸めてしまおうと思っても、女性として髪への執着もあってそこまでは無理なのです。キレイで美しい髪を粗末にするなんて、と別目線で見ていた私は、本人の苦悩をよそになんでどうしてと一人騒いでおりました。本人に罪はありません。ただ何で周りは早期解決に努めなかったのか、深刻なダメージを阻止できなかったのか。憤りさえ感じました。
結局、生えない部分は修復不可能でしたがカウンセリングを受け、エクステを着けることで抜毛の回数は減ったそうです。長い友達と書いて、「髪」。皆さん、髪は大事にしましょうね。ホント、切に願います。

2009年10月6日火曜日

僧侶ピリオ レベル12

以前「キミハ・ブレイク」という番組で「今までの医学の常識が変わる」とかいう主旨の特集をやっていたことがあったんですが、私はあるひとつのことが気がかりで、注目して見ていました。そして、ついにこの番組で取り上げてくれたのでした。それは、何か…?

薬をお茶で飲んではいけない

今までも私はこのことを医療の常識として、頭の片隅に入れていましたが、何かの時ふと従兄が「ところで、何でお茶で薬を飲んだらだめなんだろう??」と言ったことがありまして、すると「…?」「…カテキンかな?」一同誰もがフワフワな答えしかできませんでした。それ以来私は科学的根拠がないことを守ることはないと、お茶でも気にせず薬を飲むことにしました。かといって完全否定も出来ず、人へ説く?までには至りませんで自分の範ちゅうに留めていました。で、番組の答えは

薬をお茶で飲んでも身体の吸収に影響はない

とのことでした。水道水でもお茶でも変わらないそうです。ただ硬水のミネラルウォーターはミネラル分が薬の吸収をブロックする可能性があるようです。これで、やっと人へ教えを説けるようになりました笑。でも考えてみたら、病院でお茶で薬飲んでも看護師さんに止められたことないし、お茶は古来から胃腸に効くとして薬のように重宝がられていたのですから、その先人の知恵をもくつがえされちゃいますよね。

2009年10月1日木曜日

入院生活24周年を迎えました

今日は、私が入院してから24年目の記念すべき日です。なんと干支は2周もしてしまいました。ゲームウォッチはDSとなり、ファミコンはWiiになりました。短いようで長い、長いようで短い24年でしたが、祝いのディナーは、イカの塩辛と筋子と野沢菜漬けでした…笑 現在、冷やし梅を飲みながらブログ編集中ですが、これにアルコールが入っていればいいのになと密かに思っております。…いや、幸せなことなんですけどね。こうして元気でいられることは。高橋ジョージ兄貴も言っておられますし。何でもないようなことが、ってね。
皆さん、これからもピリオを宜しくお願いしますね。