長年病院暮らしのエカピリオが、くだらない話をします。



筋ジストロフィー症、そこそこのお歳です。



※「ピリオ」命名:白黒音夢さん


2010年5月10日月曜日

事象だと理解する

先日、身障者の人が詠んだ川柳を見ました。

僕の皿 おさげします?と 妻に聞く

このままだと何のことやら?なので解説が必要かと思いますが、飲食店に夫婦で入り、お店の人が受け答えが困難だと思って、ご主人のお皿なのに奥さんの方に聞いてくる、という意味です。まあ、身障者あるあるとでも言いましょうかね…。
これは差別でも何でもなくて、「事象」だと思います。
例えば、通訳を通して外国の方と話をするときに、言葉は分からなくても本人に話しかける感じのほうが失礼にならないのに、通訳にだけ話をしてしまったりとか、お年寄りに接するときにも人生の何十年もの先輩をつかまえて、小さい子を扱うようにしてしまったりとか、他意はないのにやってしまうことなのですから、差別とは言わないと私は思います。
かくいう私も、言葉がうまく発せられない友達へ話していたつもりが、いつのまにか健常者であるご主人に話しかけてしまったことがあります。身障者である私でさえそういうことをしているんですから、普段ハンディをもってない人に配慮しろというのは無理な注文ですよね。
でも、おさげします?と聞いた店員さんも店員さんで、もし何度話しても聞き取れなかったら、このご主人に嫌な思いをさせると配慮したのかもしれませんしね。もしそうだとしたら微笑ましいことだと私は思います。そんな気遣いなんてないほうがましだと思う身障者の方もいるでしょうけど、そこで頑なになっては元も粉もありませんよね。
話はちょっとずれますが、昔病棟祭というイベントでボランティアの人がジュースを飲むのを手伝ってくれたのですが、そのときにストローの先をかなりの角度に曲げてしまったんですよ。…正直なところかえって飲みにくくなったわけです。…でも私はうれしかった。曲げるという行為は意味を成さなかったけど、その飲みやすくしようとする気持ちがうれしかったのです。
うまく言えませんが、お互いにちょっと何かを考えるだけで、この世はきちんとしたものになるんじゃないかと思います。段差があるぞ、責任者呼んでこいとふんぞりかえって訴えるよりも、ちょっと手を貸してもらえませんか?と優しく声をかけたほうが絶対にいいですよね。逆に「段差があるので手伝いますよ」と言うのだってありですよね。
そんな世の中になればいいのにと願うばかりです。

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